2009年06月17日

偏西風(へんせいふう)とは中緯度においてほとんど

偏西風(へんせいふう)とは中緯度においてほとんど常時吹いている西寄りの風のこと。

地表付近においては亜熱帯高圧帯(中緯度高圧帯)から極側に吹き出す風がコリオリの力によって東向きとなり偏西風となる。

また、赤道付近の大気は極付近の大気よりも暖められているため、静水圧平衡の関係より上層においては赤道が高気圧、両極が低気圧となっている。このため地衡風の関係により中緯度上層においてもやはり西向きの風が吹き偏西風となる。

偏西風は温度風の関係のために高度とともに強くなり対流圏界面付近で風速が最大となり、ジェット気流とよばれる。ジェット気流が強い地域は低気圧が発達しやすい。またジェット気流の位置の季節変化は梅雨の原因の一つとされている。
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赤道と極の温度差が大きくなると偏西風は南北に蛇行するようになる。この蛇行を偏西風波動という。季節により中緯度高圧帯の範囲は移動するので、偏西風域も移動する。偏西風波動は中緯度における赤道と両極の間の熱輸送を担っており、低気圧や高気圧の盛衰を支配している。偏西風の蛇行が大きくなるとブロッキング現象が発生し異常気象をもたらすことがある。

日本上空においては、高層天気図の 200hPa 図がおおよその目安となる。

2009年05月31日

女真文字

女真文字(じょしんもじ)は、金時代に女真族により使用された文字。

女真大字と女真小字の二種類の文字があるとされる。現在残されている文字が大字か小字かは今のところ判明していないが、大字とする説が有力で、小字とは(下記の吾妻鏡や銀簡に見られるような)大字の組み合わせ文字のことであろうとされる。

文献資料として、明代に編纂されたとされる華夷訳語があり、また女真文字を記した碑文や遺物も比較的(契丹文字よりは)多く存在する。女真文字の資料として、一般にも手に入りやすいものとして Grube,『女真語言文字考』(1896) や Kiyose, A Study of the Jurchen Language and Script,(1977) がある。

これによると、字形は、漢字に似たものが多い。日本の国字とは、相互に影響しあっていないと見られるが、「凩」に似た文字もある。
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文字は、明らかに漢字から借用されたと思われる文字と、契丹文字由来と思われる文字、由来不明の文字等が混淆しているように見える。また、表音文字と表語文字が混在しており、表音表記も必ずしも一音節を表すとは限らず、音節文字としての法則は明らかではない。

14世紀に金王朝の歴史を編纂した正史の『金史』によれば、1119年(天輔三年)に金の太祖阿骨打の命令により、完顔希于が契丹文字を参考に女真大字を作成したとされる。女真小字の方は、1138年(天眷元年)に金の第3代皇帝熙宗が制定し、1145年(皇統五年)に公布したという。大字小字共に具体的な文字の詳細は述べられていない。

「史記」「白氏策林」「論語」「孟子」「老子」などの女真文字での翻訳がなされたらしいが、全て佚書となっており、内容は明らかではない。

1234年(天興三年)の金滅亡以降も、中国東北部の女真族の間ではしばらく使われていたらしく、1413年(永楽十一年)に作成されたと思われる碑文(奴児汗都司永寧寺碑)には、漢文、チベット文字、モンゴル文字に並んで女真文字も記されている。このことから、少なくとも15世紀初頭の段階ではまだ女真文字を使用できる人々が暮らしていたと考えられている。

女真族は後にモンゴル文字を参考にした満州文字を使用することとなるが、満州文字の使用された最も早い時期の碑文は1630年(崇禎三年)に作成されたものであり、少なくともこの時点までには既に女真文字は使用されなくなっていたと思われる。

日本の吾妻鏡の中に、1224年(貞応三年)2月29日の記述として、女真の船が越後国寺泊(現在の新潟県長岡市寺泊)に漂着して、その際に乗船していた一行が持っていた銀簡に意味不明の4文字が記されていたことが書かれており、その文字が模写されている。江戸時代に林羅山が朝鮮通信使の文弘績にこの文字について尋ね、文弘績は「王国貴族」と読んだ、という逸話がある[1][2]。

明治になって、書かれている文字が女真文字であることは判明したが、内容は不明のままであった。後の研究により、この文字は「国之誠」と読め、銀簡は金国の通行証に当たるものであることがわかっている。

1976年に、当時のソ連沿海地方のシャイギン城址で、吾妻鏡に書かれた文字と同じ文字を記した銀簡が発掘され、吾妻鏡の記述が正しかったことが明らかになった。

2009年04月28日

ガブリエーレ・ダンヌンツィオ

ガブリエーレ・ダンヌンツィオ(Gabriele D'Annunzio, 1863年3月12日 - 1938年3月1日)はイタリアの詩人、作家、劇作家。ファシスト運動の先駆とも言える政治的活動を行ったことで有名。なお日本ではダヌンツィオ、ダンヌンチオ、ダヌンチオとも表記する。

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ガブリエーレ・ダンヌンツィオはペスカーラにて、富裕地主(かつ同市の市長)の息子として生まれる。その早熟の才は早くから認められ、彼はプラートのチコニーニ高等専門学校に進む。そこで彼は、16歳にして処女詩集Primo vere(早春、1879年)を出版。これは後のノーベル文学賞作家ジョズエ・カルドゥッチのOdi barbareに影響を受けた作品である。1881年にはローマ大学ラ・サピエンツァ校に進学、様々な文芸グループに参加、また地元紙に記事や評論を寄稿する。彼の最初の小説Il Piacere(快楽の子、1889年)もこの時出版され、多作な文学活動の出発点となる。

1883年にマリア・ハルドゥイン・ディ・ガレーゼと結婚し3人の息子を儲けるが、1891年には離婚。のち1894年には有名な女優エレオノーラ・ドゥーゼとの愛人関係が始まり、それは大きなスキャンダルになった。ダンヌンツィオはドゥーゼが主役を演じるよういくつかの演劇、例えばLa Città morta(死都、1898年)やFrancesca da Rimini(フランチェスカ・ダ・リミニ、1901年)を書いたが、この激しい男女関係は1910年に終りを告げる。

1897年には3年任期の下院議員に選出され、そこでは無所属として過ごした。1910年にはその放縦な生活から多額の債務を負い、債権者から逃れるためフランスに逃亡した。フランスでは作曲家クロード・ドビュッシーと意気投合、聖史劇「聖セバスチャンの殉教」(1911年)が生まれた。

第一次世界大戦の開戦とともにイタリアに帰国したダンヌンツィオは、大衆に向けて連合国側に立っての参戦を訴える演説を行う。彼自身は志願して戦闘機パイロットとして参戦、飛行中の事故で片目の視力を失う。1918年8月9日には第87戦闘機中隊を率い、700マイルの往復飛行を行いウィーンにプロパガンダ用のビラを撒布するという業を演じた。またこの大戦中、イタリア軍に義勇兵として参加従軍した日本人下位春吉と意気投合し、親交を深めた。

2009年04月12日

エリス (準惑星)

エリス (136199 Eris) は準惑星であり、太陽系外縁天体のサブグループである冥王星型天体の一つ。冥王星より大きなサイズを持つと考えられている。

2003年10月21日に撮影された画像に写っているところを、マイケル・ブラウン、チャドウィック・トルヒージョ、デイヴィッド・ラビノウィッツにより2005年1月8日に発見され、同年7月29日に発表された。発見当時は太陽から97天文単位離れたところにあり、黄道面からかなり傾いた楕円軌道を557年かけて公転していると考えられている。

エリスを発見したグループは系統的に太陽系外周部にある天体を探索しており、それまでにもクワオアーやセドナなど大型の外縁天体を発見するなど成果を挙げてきた。エリスも、パロマー天文台のサミュエル・オースチン反射望遠鏡によって2003年の10月に普段と同じように撮影されたが、同じ場所を写した別の写真と比較され、背景の星空に対してゆっくりと移動していることが判明したのは2005年の1月である。その後追加の観測が行われ、おおよその軌道とサイズが見積もられた。

命名 [編集]
2006年9月に正式に命名された[1]。それ以前は仮符号である2003 UB313という名前で呼ばれていた。

発見者チームは、仮符号が付けられる前から、Xena(ゼナまたはジーナ)というコードネームでこの天体を呼んできた。そのため、この名称がかなり広まったが、正式名称とはならなかった。

発見者の1人ブラウンが発見を公表したウェブページのURIに "planetlila" という文字列が含まれていたため、「2003 UB313の名称はライラ (Lila) だ」という噂が立ったこともある。しかし、Lila はブラウンの娘の名前 Lilah に由来する冗談で、ブラウンはただちに、ライラは2003 UB313の名称ではないと否定した。

発見者チームはこの天体が惑星である可能性を考慮したが、惑星の命名規則は存在しなかった。そのため、太陽系外縁天体に属する冥王星族以外の小惑星の命名規則に従い、創世神話に由来する名前を提案した。提案名は正式決定まで非公開とされたが、XenaでもLilaでもないことは明言された。また、ブラウンはギリシア・ローマ神話の神が残り少ないことを指摘し、以前に命名提案したセドナなどと同様に「別の伝承 (different tradition)」の名前を提案したと述べているため、エリスではなかった可能性が高い。

国際天文学連合 (IAU) は、2003 UB313が惑星かどうかはっきりするまで命名はしないと発表した。そして2006年8月24日、IAUで惑星の定義が決定され、2003 UB313は惑星ではなく、外縁天体かつ準惑星 (dwarf planet) である新しいグループの天体(この時点では名称未定)に分類されることになった。その直後の9月8日、小惑星センターにより小惑星番号 (136199) が付けられた
それに先立つ9月6日、発見者グループは2003 UB313を「エリス」と名づけることを提案した。この提案は、IAUの小天体命名委員会と惑星系命名ワーキンググループに認められ、9月13日、天文電報中央局 (CBAT) により正式に発表された。エリスはトロイア戦争の遠因となったギリシア神話の不和と争いの女神であり、ブラウンは、神話でエリスが引き起こした争いを、エリスが天文学にもたらした惑星の定義をめぐる論争に喩えている。

なお、惑星系命名ワーキンググループは、太陽系の衛星と天体の表面地形に命名する部局で、小惑星の命名には関与しない。これはエリスが準惑星であるがゆえと思われる。2008年6月、IAUは冥王星とエリスを含むグループの正式名称を「plutoid(冥王星型天体)」と決定すると共に、冥王星型天体の命名はエリスと同様、2つの部局が共同で行うこととした。

各惑星および冥王星には和名があるが、エリスに公式な和名を付けようという動きはない。なお、中文名は「鬩神星」(げきしんせい、xìshénxīng, 「鬩」は「言い争う」の意)。

性質
エリスの軌道は、離心率がかなり大きい楕円を描いていると考えられている。発見当時は太陽から97 AUの距離にあったが、近日点は35 AUと考えられている(冥王星は29 AUから49.5 AUの距離を公転している)。また他の惑星とは違い、軌道傾斜角44°という、かなり傾いた軌道を持つ。

この天体は視等級にして19等と、さほど高性能でない望遠鏡でも観測可能な明るさであるが、軌道傾斜角が大きいために発見が遅れたと考えられる。太陽系の質量の大部分が黄道面上に見出されるため、探査の目もその方向に向いているからである。

大きさ [編集]
太陽系の天体の明るさは、サイズとアルベド(反射率)から決定される。もし天体のアルベドが大きければ、つまり天体が白に近いほど、小さい半径でも明るく見える。エリスのアルベドは知られていないため、正確なサイズを決定することはできない。しかし、もしアルベドが1で太陽の光を100 %反射すると考えても、冥王星と同等のサイズ(直径2,390 km)があるだろうと考えられている。実際にはアルベドは1よりも小さい値になるので、天体のサイズはそれより大きいということになる。

発見当初、スピッツァー宇宙望遠鏡で検出することができなかったため、天体の直径は3,000 km未満と考えられていた。しかし、この観測では望遠鏡が天体とは別の方向を向いていたことが指摘されており、この上限の値は否定されている。その後2005年8月23日および25日に改めてスピッツァー宇宙望遠鏡により観測が行われ、冥王星より20 %ほど大きい2,700 kmという結果が出た。

また、直径を割り出すためにハッブル宇宙望遠鏡での観測も行われる予定である。97 AU先にある直径3,000 km程度の天体なら、画像処理により直径を割り出すに十分な解像度を得ることが可能である。

2006年2月2日、ドイツ・ボン大学などによるIRAM30m望遠鏡を用いた波長1.2ミリの電波観測により、直径約3,000 km(誤差は400 km以下)であることが確認できた旨の論文がネイチャーに掲載された。だが、4月11日にアメリカ航空宇宙局 (NASA) は、ハッブル宇宙望遠鏡の観測結果として直径約2,400 kmで冥王星よりもやや大きい程度であるとの見解を発表した。

表面 [編集]
エリスは、マウナケア天文台群のジェミニ北望遠鏡により分光分析が行われている。赤外線による観測では、天体表面にメタンの氷が存在し、冥王星とよく似た性質であることを示している。太陽系外縁天体でメタンの存在が知られていたのはこれまで冥王星のみであった。海王星の衛星で、エッジワース・カイパーベルト出身と考えられているトリトンにもメタンがあることが分かっている。

メタンは揮発性が高いため、エリスはこれまでずっと太陽から遠方に存在していたことを示している。これと対照的なのが、同時期に発見されたハウメアであり、こちらはメタンではなく水の氷が存在する。これは冥王星の衛星カロンにも見られる特徴である。

衛星
2005年9月10日、マウナケア天文台群のケックIIで撮影された画像から、エリスに衛星の存在が確認されて10月2日に発表され、仮符号S/2005 (2003 UB313) 1がつけられた。それによると、S/2005 (2003 UB313) 1の大きさは約350km、公転軌道は14日。

エリスの命名と同時に、この衛星には確定符号 (136199) ERIS I が与えられ、ディスノミア (Dysnomia) と命名された。この名は、不和の女神エリスの娘である不法の女神デュスノミアにちなんでいる。

分類 [編集]
エリスは散乱円盤天体 (Scattered Disk Object, SDO) の一種である。これは太陽系外縁天体のうち、海王星など他の惑星の影響で軌道の離心率が大きくなったものをさす。発見当時は、太陽の周りを公転する知られている天体の中で太陽から最遠のものだったが、太陽からの平均距離は必ずしも最大ではなかった。

天体が冥王星より大きいため、当初NASAは第十惑星発見と発表し、各メディアもそれに倣っていた。一方、これまでと同じように、この天体が惑星に分類されることは無いだろうと見る天文学者もいた。

発見当時の惑星の定義は、「太陽を周り、ある程度の大きさを持ち、軌道を占有している天体」というものが一般的であったが、これは定義としては曖昧であり、より厳密な定義を求めて活発に意見が交わされていた。歴史的な経緯から惑星として扱われていた冥王星についても、同じような軌道上には冥王星に匹敵する質量の天体が多数発見されているため、惑星と見做すのはおかしいのではないかと主張する天文学者は増えつつあった。IAUは1999年に「冥王星が惑星から降格されることはない」という声明を出していたが、この場合は

冥王星の大きさを閾値として、それより大きいものを惑星と定義する。
冥王星だけ特例として惑星と認め、それより大きいものが見つかっても惑星とはされない。
という二つの可能性があった。発見者のマイケル・ブラウンは、「前者はまだ新惑星発見の可能性が残されており夢があるが、後者ではそれがない」として、新天体が惑星に分類されるべきだと主張していた。

2006年8月16日のIAU総会で惑星の定義の草案が発表された。ここで提案された定義に従えば、ケレス及びカロンと共に、2003 UB313も太陽系の惑星として追加されることになっていた。しかし8月24日に議決された修正案のもとで、2003 UB313(エリス)は他の惑星候補だった天体や冥王星などとともに、dwarf planet(準惑星)に分類されることになった。

2008年6月11日、ノルウェー・オスロで開いたIAUの執行委員会で海王星の外側にある準惑星を「冥王星型天体(プルートイド)」(plutoid)とすると決定したとの発表があった[3]。現在、冥王星型天体に分類されるのは冥王星とエリス、それに後に追加されたマケマケ、ハウメアの4つである。

エリスと占星術 [編集]
2003 UB313にギリシア神話の女神であるエリスの名が付けられたことに対して、西洋占星術関係者の一部では何らかの解釈を見出そうとする動きがある[4]。エリスを表す記号(シンボル)も何種類か考案されている。

チャーター ファック なめこ バルチス 七色の風 サイドスタ アップ ジプシー ビルマ 赤唐辛子 牧場の家 ストック スリング アーケイズ ヒエロ バースト 一本釣り ダウナー 夏の日 青春の谷間 ワラン バターピ 風神雷神 マイイレ バード トロイオ デコルテ バビロン マロン てっけん 番外野郎 ダイハー ナイロビ オマーカー フルライ テリー 赤オクラ アップ 検索マナ メータロィ ブータン カニ歩き ヒーロ ローゼ スキャン 一本勝負 ガーケキ わらづと フラッ マルトル

2009年03月28日

ジェンダーフリーをめぐる論争

ジェンダーフリー運動については、賛同派と反対派の間でさまざまな論争が行われている。 まず問題になるのはジェンダー論はアメリカの1970年代に第三波フェミニズムの一環として発生したもので、このときはまさに「女とは生まれるものでなくなるものである」との主張とともに女性が育成される環境を変えれば女々しさなどは無くなる。さらに男女差が差別の根源にあるとの論が主流であったのである。この理論は基礎となった医学的研究(ジョン・マネー)が大成功の主張とは裏腹に全くのでっち上げであったことが1990年代に判明し理論は決定的に崩壊する。にもかかわらず男女共同参画の政策を推進するために日本の政府がアメリカのフェミニズムの用語をそのままカタカナ語として拝借したため本国のアメリカでは時代遅れの用語で男女参画運動を盛り上げたために事後的に性差そのものを否定する過激なフェミニズムを否定する必要に駆られたことである。またジェンダーフリーを擁護するフェミニズトの間には実際に第三波フェミニズムの日本語版の出版活動で生計を立てているものもありジェンダー論の実態をあいまいにする行動が見られることである。ついでにジェンダーフリーの代わりにジェンダー・イコーリィティーが最近では叫ばれているがイコーリィティーの用語を使って議論を展開しているのはポジティブアクションを逆差別であるとして批判しているポストフェミニズムの集団(バックラッシュ派)である。

賛成派の主張 [編集]
男性達は、「男はこうあるべき」という旧来の「男らしさ」にとらわれているので、もっと性役割から解放されて、働き蜂という立場を考え直し、もっと育児にかかわるなど生き方を考え直すべきだ、と主張する。そのため、下記のような試みを男性に対して提言する[13]。

男らしさの理想像に合わせようと見栄を張らずに、実質をとる。
女性にも経済的責任を担ってもらう。デートも当然割り勘を基本とする。
職場への単一帰属をやめ、複数の人間関係を持つようにする。
「自分は男らしく生きたいとは思っていない」と公言するようにする。
定期的に、また、意識的に男の理想像からドロップアウトする。たとえば週末に女装をするのも良いだろうし、平日の公園でブラブラするのも良い。

さらに、精神科医の香山リカは、著書で「ジェンダーフリー教育や男女共同参画社会に疑問を呈する人たちは、そうした考えを『男らしさ・女らしさをいっさい排除しようとする極端な思想だ』と指摘しておきながら、自分たちも『すべての男は男らしく、すべての女は女らしく』、『それは誰にとっても生まれつき決定されていることなのだ』と極論に走るのはなぜなのだろう。(中略)いずれにしても、いくら『ジェンダー重視教育』を主張する人たちが声をあげても、少子化社会で女性の労働力はますます重要なものとなり、女性の社会進出は今とは形を変えることはあってもストップすることはないだろう。そうなると、一方で『女は女らしく』と言いながら、他方で『女性もどんどん働いて』と勧める教育を施さなければならなくなる。それこそ、心理学の世界では『ダブル・バインド』と呼ばれるもっともストレス度の高い状態だ」と述べている[14]。

反対・否定派の主張 [編集]
まず反対派をバックラッシュと呼ぶこと自体が賛成派の主張である。また反対派を単なる男尊女卑の伝統保持、あるいは差別集団と決め付けること自体も賛成派のやり方である。反対派はジェンダーチェックにある「男は仕事、女は家庭は正しいと思う」のでなく「家事や子育ても仕事。どの仕事を選ぶかは個人の自由」「もし政府が女性に職場で働いてもらいたいなら無料託児所を作れ」となる。

日本に見られる夫婦の役割分担は前記のお粗末な社会保障と労働基準法が遵守されずに過労死を生むような過酷な労働環境という経済的そして社会的要因と強く結びついている。これに外来のジェンダー論を振りかざして見た目の平等を法的に強制するのでは「家族および社会の崩壊につながりかねない」と批判するなどしている。

石原慎太郎東京都知事は、都議会定例会において、「最近、教育の現場をはじめさまざまな場面で、男女の違いを無理やり無視するジェンダーフリー論が跋扈している」、「男らしさ、女らしさを差別につながるものとして否定したり、ひな祭りやこいのぼりといった伝統文化まで拒否する極端でグロテスクな主張が見受けられる」、「男と女は同等であっても、同質ではあり得ない。男女の区別なくして、人としての規範はもとより、家庭、社会も成り立たないのは自明の理だ」と強調し、ジェンダーフリー教育を批判した。

賛成派の対応に対する批判 [編集]
ジェンダーフリー運動が始まってから十数年が経ち、数多くの批判がなされるようになるに従い、ジェンダーフリー批判に対す賛同者たちの対応への批判も強まっている。これは、ジェンダーフリーの理論に対する直接的な批判だけではなく、賛成する立場の硬直的で好戦的な態度に対する批判にも繋がっている。

産業界においては、保守派の採る新自由主義との兼ね合い[15]もあり、目立った批判はされて来なかったものの、一方で平等を無理やり強制するような政策は単なる逆差別であるとの批判が存在する。その批判の最も典型的なものがポジティブ・アクション(積極的差別是正措置)などの女性優遇策で「悪平等である」、「男性差別である」といった批判はなされることはある。さらに実際に子供を出産する女性が専業主婦として子育てを自由選択する可能性を無視している。さらには専業主婦を見下しているなどの批判も存在する。

ちなみに、アメリカの連邦最高裁判所において(女性差別に関するものではなく人種差別に関するものではあるが)アファーマティブアクションを義務づける法律が違憲とされ、廃止されたことがある[16]。

宗教界においては、「統一教会」が関連する「世界平和教授アカデミー」という学者の団体や、「国際勝共連合」という反共の政治団体や『世界日報』という新聞を通して、ジェンダーフリーに対する批判を行なっており、伝統的、保守的な男女観、性文化への回帰を広く呼びかけている。これに対し、ジェンダーフリー賛同側は「批判側にカルトが係わっている」と主張している。ジェンダーフリーに批判的な立場を採る人々は、カルトと呼ばれる宗教がジェンダーフリー批判に賛同することによって事態が複雑化することを懸念している。アメリカでは、パット・タンジェントを初めとするキリスト教右派のテレバンジェリスト(テレビ伝道師)達が、男女の役割分担を尊重し、子供は家庭で母親が育てるべきであると説いている(但し、この場合は学校教育を含めて全否定し、子どものあらゆる活動を家庭が面倒を見るべきだという主張であり、一般的なジェンダーフリー批判とは性質が異なる)。

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2009年03月12日

ファールン

ファールン(スウェーデン語でFalun)は、スウェーデン中部・ダーラナ地方のファールン市にある都市。都市の中心部には、36,500人の人々が住み、市域全体では55,000人、都市圏全体では10万人近い人々が住む。

ファールンにはスウェーデンの銅生産を支えた大銅山がかつて存在し、その地域は、「ファールンの大銅山地域」として、2001年にUNESCOの世界遺産に登録されている。ファールンの銅山は1992年に閉鎖されたが、それでもなお、この地域の重要な産業の中心地である。

ファールンの歴史は1200年代の半ばに始まる。このころには、既に、銅の産出が始まっており、14世紀には、市街地が形成され、市場が開催されていた。現在、ヘルシンキに本社を置くストラ・エンソ(en:Stora Enso)が1347年に創業した企業だと信じられているのもファールンにおける採掘と深い関係がある。1347年とは、マグヌス4世がストラ・エンソに特許状を与えた年である。但し、ストラ・エンソがこの年に創業されたということを現在の会社組織と同様に考えると大きな誤解のもととなるため、注意が必要である。当時の会社組織は、オーナー群の所有物であり、彼らは、資金、採掘に必要な道具、建築物を共有することで、会社の運営を行っていた。また、供出・共有ということに依存する形で、施設を使用することができ、利益も貢献した分、均等に受け取った。

1641年、ファールンは、特権を獲得することに成功した。このころには、ファールンは、スウェーデンで最大規模の都市に成長を遂げていた。

1992年まで、採掘が続けられた銅山とファールンの旧市街には、17世紀後半から19世紀にかけて作られた工場、管理事務所、採掘坑といった鉱山施設、17世紀に建設された聖堂が残る[1]。

現在
ファールンは、今日では、ダーラナ大学がある都市として知られる。

スポーツ分野において、ファールンで、もっとも盛んなスポーツは、バンディと呼ばれるアイスホッケーの起源の1つとなったと考えられるスポーツで、ファールーBSは、長い間、スウェーデンのトップリーグで活動している。また、IBFファールンと呼ばれるフロアボールのチームもまた、男女ともに現在もトップの地位を占めている。
キンキ ツバター 夜の足音 きこう シーメー ミーンズ シャーク ニュピ 新秋柿 チャー インス 線香花火 オーピ スチーマー トレッチ ふくいく リバティプ リトミック ターメ スピーカー ノーシャ パラフィン ルコウソウ パルサー ギニョー ホウセン フォー ウォー でらいと ケット おおわ ハック バンクス レンテン ナンバー ゆうな トロイ パルテ フェースオ ゼラチン シャク ステレオ アーム マウンド ミゼラブル マインド スイング じょうめ メタリック 浦島太郎

ファールン市内ルグネットにあるファールン・シュタディオンは、スウェーデン・スキー・ゲームが毎年、開催される会場であるが、この会場では、過去3回、FIS(国際スキー連盟)が主催するノルディックスキー世界選手権が開催された(1954年、1974年、1993年)。

また、1981年には、カルガリーと冬季オリンピックの開催を争い、敗れた経験を持つ。ファールンは1986年に争われた1992年の冬季オリンピック招致でもフランスのアルベールヴィルに敗れた。

ファールンで産出された鉄や銅から抽出された副産品は、現在でも顔料として利用されており、ファールー・レッド(en:Falu red)と呼ばれる顔料は、国内的にもよく知られており、木造建築の塗装に用いられている文化的にも重要なものである。

2009年02月24日

笑顔とサムズアップがトレードマーク

五代雄介(ごだい ゆうすけ)
25歳。1975年3月18日生まれ、O型。北海道生まれの神奈川県山北町育ち。世界を旅する冒険家。笑顔とサムズアップがトレードマーク。未確認生物と遭遇した際、遺跡で発見されたベルトを何かに導かれるように装着したことで、クウガへの変身能力を持つようになる。初対面の人には「夢を追う男・○○○○(その時点で持っている技の数)の技を持つ男」と書かれた自作の名刺を手渡す。また、サムズアップが癖(決めポーズ)となっている。両親を亡くしており、現在は喫茶店ポレポレに居候している。一見すると飄々とした能天気な性格で、桜子のいる研究室を訪れるためにビルクライミングで学舎の壁を登るなど変わり者のところもあるが、実際は強い意志と深い優しさを内に秘めている。
父は戦場カメラマンで、アフガニスタンで亡くなっている。父の訃報に接した時、恩師である神崎の言葉に感銘を受け、「2000年までに2000の技を持つ」と約束。1番目の技は笑顔。クウガへの変身が2000番目の技になった。リントの「戦士クウガ」を示す文字が気に入ったのか、自分のシャツやバイクなどにマークをプリントしたり、マークを入れたベルトのバックルを自作したりしたこともある。
たとえ人を守るためとはいえ、拳を振るうことを「いい気持ちはしない」と嫌う。そしてその想いは劇中度々描かれ、最後の戦いでその最たるものが見られる。
一条 薫(いちじょう かおる)
26歳。1974年4月18日生まれ、AB型。名古屋市出身。長野県警警備課に所属する刑事で、クウガの正体を知る人物の一人。長野県九郎ヶ岳の遺跡発掘現場で起きた大量殺人事件を追ううちに未確認生命体に遭遇し、広域指定された同種の事件を集中的に扱う未確認生命体合同捜査本部(警視庁に設置)に派遣される。射撃の名手でもあり高性能ライフルやコルト・パイソンなどを使いこなす。雄介とは対照的に堅い性格で、民間人である雄介を戦いに巻き込むまいとしていたが、独断でトライチェイサーを渡すなど、戦いを通じて強い友情で結ばれる。
めったに笑わない性格で、たまに笑みをこぼすと周りから驚かれる。
父親も警察官で、自分の誕生日に水害から市民を救って殉職している。そのため、誕生日のプレゼントは受け取らないことにしている。母親は看護師で、名古屋市内の病院で婦長を務めている(自身、母相手に名古屋弁で喋るシーンもある)。
ラ・バルバ・デとはシリーズ初期から因縁があった(実際に彼女と対面した人間は彼のみである)が、最終回近くで強化型神経断裂弾を使い、自らの手でついに倒した。
雄介と同じく責任感が非常に強く未確認生命体との戦いで何度も大怪我をしながらもそれを押して現場へと赴く。未確認生命体殲滅後は長野県警に戻った。
沢渡桜子(さわたり さくらこ)
23歳。1976年10月30日生まれ、B型。群馬県出身。城南大学の大学院生(修士課程)。考古学研究室で古代文字の研究をしており、リント文字の解読に当たる。雄介とは大学時代からの友人で、クウガとして戦う彼をバックアップするが、内心ではかなり心配している。徹夜が趣味で、コーヒーはブラック派。ポレポレを手伝うこともある。
五代みのり(ごだい みのり)
22歳。1977年9月4日生まれ、O型。雄介の妹であり、4号の正体を知っている。わかば保育園で保育士をしており、ポレポレを手伝うこともある。決して自分を裏切らなかった兄を心から信頼している。兄曰く「起きてても眠そう」(直後に「お兄ちゃんだってそうじゃん」と切り返している)。
椿 秀一(つばき しゅういち)
26歳。関東医大病院に勤める司法解剖専門医師で、一条の高校時代の同級生で、彼から4号の正体を知らされる。雄介の身体の検査やクウガの能力開発にも協力し、「世界でたった一人の掛かりつけ」を自認する。稲森麗子という女性と交際していたが、約束がある時に限って一条からの依頼が来るため疎遠になってしまい、ついには振られてしまった。以降は桜子にも好意を寄せ、紅茶に砂糖を入れないと言って話を合わせたりしている。
初期では雄介の身体を「解剖してじっくり調べてみたい」と言うなどマッドサイエンティストのような発言もあるが、雄介がグロンギと同様の存在になってしまう可能性について当初から懸念を抱き、警告を繰り返している。また、未確認生命体に殺害された被害者の検死も行ううちに、医師としての立場から、理不尽な形で人間の命を奪う彼らに激しい憎悪と嫌悪感を示す。
榎田ひかり(えのきだ ひかり)
34歳。科学警察研究所の責任者。ゴウラムの研究を行う際、一条から4号の正体を聞かされる。未確認生命体の研究および対未確認生命体用装備の開発を行う。職務には熱心だが、そのために離婚された過去があり、引き取った息子の授業参観に間に合わないなど、母親としての責任との板挟みになっている。未確認生命体に対抗するため特殊ガス弾やマーキング弾を開発し、終盤では未確認生命体をも殺害する威力を持った神経断裂弾を完成させた。
飾 玉三郎(かざり たまさぶろう)
44歳。1955年6月9日生まれ、A型。喫茶ポレポレのマスター、通称おやっさん。雄介の父は古くからの友人であり、先輩でもある。みのりのことを「みのりっち」と呼ぶ。未確認生命体第4号に関する記事を熱心にスクラップしていたが、雄介自身は特に隠していないにも関わらず終盤まで第4号の正体に全く気付いていなかった。毎度下らないギャグを飛ばしては姪の奈々に呆れられている。本名は最終回で明かされた。
朝日奈奈々(あさひな なな)
17歳。京都府出身。おやっさんの姪。女優を目指して上京し、勉強の傍らポレポレを手伝う。ポレポレで出会った雄介に一目惚れし、「五代雄介ファンクラブ会員1号」を自称するも、おやっさんと同様に未確認生命体第4号の正体には全く気付いていない。芝居の先生をメ・ガルメ・レに殺される。
ジャン・ミッシェル・ソレル
27歳。城南大学に留学しているアメリカ人大学院生。桜子と同じく考古学研究室に籍を置き、発掘を専門に行う。好奇心から心にもないことを口走るくせがあり、それが問題に発展するなや責任を感じることがある。ゴウラムの研究に携わってるうちに榎田に好意を抱くようになる。福梅の梅干しが大好物(本人曰く「それがないとご飯が食べられない」)。
松倉貞雄(まつくら さだお)
57歳。警視庁警備部長で、未確認生命体合同捜査本部の設置に伴い本部長を兼ねる。当初は未確認生命体第4号=クウガを仲間と見なすことに慎重だったが、クウガのその後の行動を見極め、また一条の説得もありクウガを受け入れる。一条や杉田のために第6話では高性能ライフル、第7話では6インチのコルト・パイソンを支給し、第33話ではクウガとの協力姿勢を取る合同捜査本部に圧力を掛けてきた上層部の説得に当たった。
杉田守道(すぎた もりみち)
37歳。警視庁捜査一課の刑事。一児(娘:葉月)の父。当初は第4号=クウガを未確認の同種と思い射殺しようとするが、ズ・メビオ・ダに殺されそうになったところを彼に助けられ、以後彼を仲間だと認める。その後未確認生命体合同捜査本部に転属。中盤にて一条から第4号の正体が雄介であると知らされており、その後、雄介に対して銃撃したことを謝っている。
名前の由来は杉下茂に高木守道。
桜井 剛(さくらい ごう)
26歳。警視庁捜査一課の刑事。未確認生命体合同捜査本部の一員。杉田と同じく当初はクウガを敵だと思っていたが、後に仲間だと認める。パンが大好物で朝からロールパンを大量に食べる。一度SAT狙撃班の指揮をしていた。また、クウガが何色(フォーム)で未確認生命体を倒しているかを色付きシールで手帳に記録しており、それがゲゲルのルールを見抜くヒントになったこともある。
笹山望見(ささやま のぞみ)
21歳。未確認生命体合同捜査本部の婦人警官。本部から通信(未確認生命体の行動、爆破ポイントの指示など)を送るのが主な役目。初期は警察官とは思えないミーハーな性格だったが、次第にまじめな性格になる。一条に好意を持つあまり、訪ねてきたみのりの事を一条の恋人だと勘違いしたことがある。父は警察官だったが病死している。
夏目実加(なつめ みか)
14歳。長野県九郎ヶ岳遺跡で未確認生命体第0号(ダグバ)に殺された夏目教授の娘。当初は誰も父の死の原因を調べてくれないことに絶望し、自殺を試みるまでに追い詰められていたが雄介の励ましで立ち直り、父の死を明らかにするためジャンの発掘チームに参加した。未確認生命体撲滅後、高校に入学。14号が出現した際、雄介が変身する場面に居合わせたため、4号の正体を認識している。
神崎昭二(かんざき しょうじ)
52歳。五代兄妹の小学校(神奈川県山北町にあった立花小学校)時代の恩師。現在は栃木県内の風早小学校に勤務。雄介の人生観に大きな影響を与えている。父親の訃報に接した雄介に、サムズアップを教えたのも彼である。子供たちの気質の変化から辞職を考えていたが、雄介との約束を思い出し、閉校した立花小学校の跡地で雄介との再会を果たしたことで、自信を取り戻す。雄介の正体(2000番目の技:クウガ)を知っている。
名前の「昭二」は、読み方こそ違うものの小林昭二(こばやし あきじ)から。
蝶野潤一(ちょうの じゅんいち)
中盤より登場した青年。当初はその経緯により、未確認生命体を敬愛し自身も彼らを真似てタトゥーをしていた。しかしメ・ビラン・ギに惨殺された遺体を椿に見せられ、さらにそのビランに襲われた事により考えを改める。その後、新しい自分の道を切り開いたようであり、最終話ではその決意の表れとして椿の元に、それまでの自分の象徴だった「ある物」を送る。
ウリヤ きくすい ルーン はに丸 フィッシン サディ ビアガー ジャック コスプリ ワニス 深海 トリオ パンパン ボート レーター しじゅう オフロード シーン ドラム ナミビア やちょ アカペラ セミプロ レガッタ ロヤジル トルソ フフホト ケモカイン リンリン メシマ ニュー ビュス プロテクト テーブル シャレー コリオン 四季の綱 トメント フォロー オマージュ ゲート パセリ フォーク ナーダム おきな シート しょうわ サック ティペット ジョンツ

主に登場するグロンギ
ズ・ゴオマ・グ
未確認生命体第3号(B群2号)、コウモリ種怪人。人間を襲って血を吸う。ゲゲルの開始前に殺人を行う違反行為を犯したため、参加資格を失う。その経緯からか、あるいはズ集団であるためか、多くの怪人達からは見下され、しばしば暴行も受けていた。主にバルバの側近として活動。日光が苦手なため、コートとこうもり傘を愛用している。ゲゲルの権利がメ集団に移行してもなおゲゲルに参加したがる姿もしばしば見られた。ゲリザギバス・ゲゲルが始まる直前には、ザジオが製作するバグンダダのパーツを取りに長野まで走らされるなどと、後半では雑用に徹する姿も見られた。ダグバのベルトの破片を回収するよう命じられた際にその一部を横領。それを利用して肉体を強化して反逆を開始、強化体、究極体と変化し、ダグバの命を狙った。強化体になった時点で、日光を浴びても平気な体質を備え持つようになった。
ラ・バルバ・デ/バラのタトゥの女
未確認生命体B群第1号、バラ種怪人。ゲゲルの進行を取り仕切る美女。指輪の鍵を怪人のベルトに差し込み、ゲゲル開始の許可を与えると共に、ゲゲルの期限を過ぎると爆発するという時限装置のスイッチを入れていた。怪人体には変身しなかったが、腕だけを伸縮する蔓のような形態に変えて攻撃する。終盤において「リントが変わった」と意味深な言葉を呟いた。
ラ・ドルド・グ
未確認生命体第47号(B群9号)、コンドル種怪人。胸の装飾品をトンファー状の武器に変えて使う。ゲリザギバス・ゲゲルの際に、バグンダダと呼ばれるカウンターの一種を持ち歩き、ゴ集団の複雑なゲゲルがルール通りに行われたかどうかを確認し、ゲゲルで死亡したリント(人間)の数をカウントする役目を担っていた。ゴ・ガドル・バのゲゲルの際、一条にライフルでバグンダダを撃ち壊されたことでガドルと一戦を交えることとなる。登場時期から怪人体への変身までの期間が最も長かった。
ヌ・ザジオ・レ
未確認生命体B群14号、サンショウウオ種怪人。劇中ではその確かな怪人体は確認されておらず、人間体はサングラスをかけて暗い所に佇む老人である。主にグセパやバグンダダの作成や、各怪人が使う武器の作成、あるいはバギブソンのメンテナンスまで、裏方の仕事を担当する。ダグバのベルト修復に着手したのもザジオである。
ン・ダグバ・ゼバ
未確認生命体第0号(B群第13号)、クワガタ種怪人。「キュグキョブン ジャリ(究極の闇)をもたらす者」と称されるグロンギ最強の存在。人間体は無邪気そうに笑みを浮かべる白服の青年だが、殺しを「遊び」としか捉えておらず、自ら復活させた約200体のグロンギの半数以上を「整理」と称して殺戮、さらにザギバス・ゲゲルで3万人以上の人間を殺戮した。当初は不完全体だったが、それでも彼の気配を感じたクウガがペガサスフォームになって居場所を特定しようとした時、逆に気配で押して衰弱させるほどの力を秘めている。この形態でゴオマ究極体を一瞬で殺害した。やがてベルトの修復を終え、クウガのアルティメットフォームと同等の存在である完全体となる。アルティメットフォームと同じく、自然発火能力を持つ。

仮面ライダークウガ
五代雄介が、霊石"アマダム"が埋め込まれた変身ベルト・アークルを用いて変身する、超古代人類「リント」の戦士。世間では「未確認生命体第4号」として知られる。超古代では、九郎ヶ岳遺跡にミイラ状態で埋葬されていた人物がクウガに変身していたとされている。終盤で、この人物は何らかの方法で物語開始時まで眠っていた(生存していた)ことが判明する。また、アマダムは戦闘で負った傷を短時間で回復させ、また命に関わるほどの重傷を負った場合は装着者である雄介の身体を仮死状態にして癒す機能がある。その一方で変身する度に雄介の神経細胞を侵食し、脳まで達すると戦うためだけの生物兵器へと変貌させる危険性がある。ちなみに雄介は、対峙した怪人(ゴオマ)が自分に向けて放った言葉の中に「クウガ」という単語を聞き取り、それからこの名を使うようになった。

クウガは不完全なグローイングフォーム、基本となるマイティフォーム、ドラゴンフォーム、ペガサスフォーム、タイタンフォームの多彩な変身形態を持つ。マイティ以外の基本フォームは、手にした物体を原子・分子レベルで再構成して専用武器に変質させることが出来る。さらにそれぞれの発展系のライジングフォーム、アメイジングマイティ、アルティメットフォームになることが出来、劇中では「超変身」と雄介が命名している。フォームの総数は11種(黒目アルティメットを加えると12)で、1人のライダーとしてはライダーシリーズ最多。

モチーフはクワガタ。裏モチーフは新世代のライダー第1号ということで仮面ライダー1号と、バッタではなくクワガタがモチーフとなった理由の一つとして、力強さを外見に現す意味でカブトムシをモチーフにした仮面ライダーストロンガーもデザインの参考にされた。多数のフォームを持っていることからも技の1号や初のフォームチェンジ能力を持ったストロンガーとの共通性を持つ。

各フォーム
※ 以下、名称の後の括弧内は劇中での呼称。なおライジングフォームはそれぞれ「(各色)の金のクウガ」と呼称される。

グローイングフォーム / 未確認生命体第2号(白い4号)
不完全形態。基本カラーは白。他のフォームに比べて角が短い。ボディの形状はマイティフォームに酷似している。物語序盤、雄介の戦士としての心構えが不十分だったのか変身するとこの姿になっていた。 また他フォームの変身限界時間(後述)を経過したり、深刻なダメージを負った場合もこのフォームになってしまう。このフォームのまま変身が強制解除されると、その後2時間は変身が不可能になる。必殺技の「グローイングキック」はマイティキックとは刻印が異なり威力も低くなっているが、メ・ギノガ・デ(クローン体)戦において、1度だけマイティキックと同じ刻印を撃ち込んで敵を倒したこともある。
マイティフォーム(赤のクウガ)
クウガの基本形態。基本カラーは赤。炎を司る戦士。身体能力のバランスに優れた形態で、素手での打撃による格闘戦で真価を発揮する。敵の手の内を探る際にこのフォームで戦い、敵の攻撃パターンに合ったフォームへと超変身するという戦法を取ることもある。
必殺技は「マイティキック」。封印エネルギーを筋肉が異常発達した右足に収束させて放つ。後に雄介の107番目の特技・空中回転を加えることで「超マイティキック」として強化された。威力は約30t。
ドラゴンフォーム(青のクウガ)
クウガの特殊形態。基本カラーは青。水を司る戦士。跳躍力や俊敏さに優れているが、パワーや耐久力はマイティフォームよりも低下している。高い所へ跳躍する時のみこのフォームになることもある。手すりや鉄パイプなど「長きもの(棒状の物)」をイメージさせる物を手にすることで作り出される「ドラゴンロッド」を武器とする。
必殺技「スプラッシュドラゴン」。ドラゴンロッドを敵に突き立て、先端から封印エネルギーを流し込む。
ペガサスフォーム(緑のクウガ)
クウガの特殊形態。基本カラーは緑。風を司る戦士。視覚、聴覚といった感覚神経が極限まで研ぎ澄まされた形態で、紫外線や赤外線を見ることや超音波を聞くことが出来るが、接近戦は不得手。この能力で遠く離れた敵や動きの速い敵、保護色で姿を隠した敵をも正確に捕捉出来るようになる。ただし消耗が激しいため、このフォームを維持できるのは、わずか約50秒間だけである。もし制限時間を超過した場合、強制的にグローイングフォームになり、さらに回復のため、その後約2時間は変身能力が失われる。拳銃など「射抜くもの(射撃)」をイメージさせる物を手にすることで作り出される「ペガサスボウガン」を武器とする。
必殺技は「ブラストペガサス」。高密度に圧縮された空気弾を封印エネルギーと共にボウガンから撃ち出す。
タイタンフォーム(紫のクウガ)
クウガの特殊形態。基本カラーは紫。大地を司る戦士。パワーや耐久力に優れた形態。その反面、運動性は4フォーム中最も低く、移動も歩くスピードと大差がなくなってしまう。その防御力から、強力な敵の攻撃からの緊急回避としてこのフォームになることもある。「斬り裂くもの(剣)」をイメージさせる物を手にすることで作り出される「タイタンソード」を武器とする。
必殺技は「カラミティタイタン」。タイタンソードで敵の体を貫き刀身から封印エネルギーを流し込む。
ライジングフォーム(金の力)
クウガがマイティ、ドラゴン、ペガサス、タイタンの各フォームから、放電を伴って強化した形態。雷(電気)の力が加わっている。遺跡から発掘された碑文にはこの放電に関する直接的な記述はなく、劇中でも古代には存在しない形態だったのでは、と予想されていた(雄介曰く「ミレニアム特別バージョン」)。発現の原因はギノガの毒で瀕死の状態となった雄介への応急措置として関東医大で椿が行った電気ショックにより、アマダムに備わっていたアルティメットフォームへの変身能力が部分的に覚醒したためと考えられる。ギノガ変異体以降の戦いで、謎の放電現象(雄介曰く「ビリビリ」)としてその力の予兆が現れ始め、雄介の特訓により顕現した。
ベルト部はアルティメットフォームと同様金色の装甲が追加され、各フォームで使用する武器なども強化された。また、手甲部分に各フォームを司るリント文字が出現している。戦闘能力は格段に上昇するが、アマダムには負担が大きいため、約30秒間しか変身を維持出来ない。しかしガドルに敗れた雄介が再び電気ショックを受けたことにより、永続的に維持出来るようになった。
ライジングマイティ
マイティフォームがライジングパワーにより強化された形態。基本カラーは赤・金。マイティフォームから全体の能力がバランス良く強化される。
右足にはマイティキックの威力を増幅する金色の足甲「マイティアンクレット」が装着されており、これにより必殺技も「ライジングマイティキック」へと強化された。威力は約50t。この技で怪人を倒した場合、巨大な爆発が発生し、爆心地から半径約3kmが壊滅してしまう。
ライジングドラゴン
ドラゴンフォームがライジングパワーにより強化された形態。基本カラーは青・金。ドラゴンフォームから瞬発力や跳躍力がさらに強化されている。ドラゴンロッドも両端にライジングパワーを秘めた矛先が装着された「ライジングドラゴンロッド」に強化された。
必殺技は「ライジングスプラッシュドラゴン」。ライジングドラゴンロッドを敵に突き刺し矛先から封印エネルギーを流し込んだ後、安全圏へと投げ飛ばして爆発させる。
ライジングペガサス
ペガサスフォームがライジングパワーにより強化された形態。基本カラーは緑・金。ペガサスフォームから超感覚能力がさらに強化されている。変身可能時間は他のライジングフォームと同じだが、タイムリミットを過ぎるとグローイングフォームを経て変身解除してしまう。ペガサスボウガンも先端にライジングパワーを秘めた銃身が装着された「ライジングペガサスボウガン」へと強化された。
必殺技は「ライジングブラストペガサス」。圧縮された空気弾を封印エネルギーと共に連続発射し、敵を撃ち抜く。
ライジングタイタン
タイタンフォームがライジングパワーにより強化された形態。基本カラーは紫・金。クウガが初めて変身したライジングフォームでもある。タイタンフォームからパワーや防御力がさらに強化され、腕力はタイタンフォーム時の数倍にまで高まっている。タイタンソードも先端にライジングパワーを秘めた刀身が装着された「ライジングタイタンソード」へと強化された。
必殺技は「ライジングカラミティタイタン」。ライジングタイタンソードで敵の体を貫き、刀身から封印エネルギーを流し込むこれの応用技として、ライジングタイタンソードを2本使う「ダブルライジングカラミティタイタン」も存在する。
アメイジングマイティ(黒の金のクウガ)
ライジングマイティから強化されて体色が黒に変質した形態。雷を司る戦士。基本カラーは黒・金。さらなる電気ショックによって常にライジングフォームを維持出来るようになり、右足に加え左足にもマイティアンクレットが装備された。また、手甲のリント文字も「雷」に変わっている。ライジングマイティを遥かに上回る戦闘能力を有している。
両足から繰り出す「アメイジングマイティキック」は、威力は約75tで、巨大な火柱が立ち上る大爆発を巻き起こすほどの威力を有する。
アルティメットフォーム(凄まじき戦士)
クウガが、古代の碑文にある「聖なる泉 枯れ果てし時」、つまり優しい心を失ってしまうことで、ダグバと等しい存在『凄まじき戦士』になった状態。基本カラーは黒で、本来の瞳は黒色。この姿になったクウガは理性を失い、戦うためだけの生物兵器となる。他フォームを圧倒的に凌駕する身体能力を持っており、設定上は各ライジングフォームの専用武器や必殺技も使えるが、劇中では使っていない。ダグバと同じ自然発火能力を持つ以外、具体的な能力は不明である。
中盤、雄介は憎しみから一度このフォームになりかけており、このフォームの危険性を知った後は使わないことを決めるが、アメイジングマイティがダグバの圧倒的な力の前に敗北を期したことで変身を決意。人々を守ろうとする優しい心により、伝承とは異なる、自我を保ったアルティメットフォーム(瞳は赤)となる。
パンチ力とキック力は『仮面ライダーキバ』までに登場した全ライダー中、このフォームが最も高い(パンチ力:80t、キック力:100t)。

2009年02月08日

児童の権利に関する条約

児童の権利に関する条約(じどうのけんりにかんするじょうやく)は、児童(18歳未満の者)の権利について定められている国際条約である。
ポップ ルーペ チョーカー シスコ ヤマブキ スカル タイタ イタドリ スター リーザー ケプラー プリンス バトントワラ ビーエス ドリー おおばこ 夢の跡 朧月夜 キック セルフタ 金時 モナーキー シクリカル ショック アウフへ ペンター 旅の夜風 マンド サンチュ ナンバ ショタコ ハンド レイン 都の桜 ハマソウ メッセ ノリウツ しゅひょう ニューメ パンチ ゲーマー ムハンマド ニエオ プレー ビキサン タント ヒッポグ タキシ 秋霖 トラスト

子どもの権利条約[1]、子供の権利に関する条約とも。

児童の権利に関する条約は、1959年に採択された「児童の権利に関する宣言」(総会決議1386(XIV))の30周年に合わせ、1989年11月20日に国連総会で採択された国際条約である。1990年9月2日に発効し、日本国内では1994年5月22日から効力が発生した。

正式な名称としては、

「??????? ???? ?????」(アラビア語)
「儿童?利公?」(中国語、繁体字「兒童權利公約」、日本の字体で「児童権利公約」)
「Convention on the Rights of the Child」(英語)
「Convention relative aux droits de l'enfant」(フランス語)
「Конвенция о правах ребенка」(ロシア語)
「Convención sobre los Derechos del Niño」(スペイン語)
が等しく存在している。日本国内では、国会承認および官報での公布が「児童の権利に関する条約」の訳名で行われており、国による正式和訳名称として公的な場ではこの表記を使用することが求められるが、報道等での通称や私的な呼称方法までを拘束するものではない。文部省 (現文部科学省) が「本条約についての教育指導に当たっては、『児童』のみならず『子ども』という語を適宜使用することも考えられる」[2]という案を示していることもあり、マスメディア・団体・個人も「児童」を「子ども」などに置き換えることがある。主に「子どもの権利条約」と称される。

条文は、前文および54ヶ条からなり、児童(18歳未満)の権利を包括的に定めている。

条約は、児童を「保護の対象」としてではなく、「権利の主体」としている点に特色がある。国際人権規約のA規約(社会権規約)及びB規約(自由権規約)で認められている諸権利を児童について広範に規定し、さらに意見表明権や遊び・余暇の権利など、この条約独自の条項を加え、児童の人権尊重や権利の確保に向けた詳細で具体的な事項を規定している。

思想史的に言えば、フランス革命時の「人間と市民の権利宣言」(フランス人権宣言)の理念を、子供にまで拡大適用したものであると評価されている。しかし、成人を原則として対象とした人権、特に表現の自由などの「市民的権利」を、そのまま子供に適用することは可能なのか、という理論的問題点も指摘されている。これは、子供の解放論と保護論として論争になる点である。子供を「権利の主体」としてみることが子供の保護をおざなりにしてしまう危険性が指摘されている。結果、権利主体である子供は、責任を追及される対象となるということである。昨今の各国の少年法改定のなかで、子供を保護する対象よりも厳罰化の対象とする動きがみられるが、こういう動きなどは、権利の主体として子供をみることと無関係ではないとされている。子供の権利の中核となるのは、従来の基本的人権に加え、成長・発達権や学習権であり、「子供は、いずれ大人になる存在である」ことが前提となっている。

締約国・地域
2006年12月現在、締約国・地域の数は193。未締約国は2カ国。ユニセフによると、締約国となっていない国は、ソマリアとアメリカの二カ国のみである(両国とも署名はしている)。

改正
締約国は、第44条において、条約において認められる権利の実現のためにとった措置や権利の享受についての進捗状況を児童の権利に関する委員会に報告することを義務付けられているが、締約国が増えるに従って報告の数が増し、委員会の報告審査業務に遅滞が生じるようになった。そこで、この問題を解消するべく、1995年に委員会の委員数を10人から18人に増やす第43条2の改正案が採択され、第50回国連総会において採択された。

日本
日本は、条約への批准に際し、条約第37条C(自由を奪われた児童の取り扱い)への留保と第9条1(父母からの分離の手続き)及び第10条1(家族の再統合に対する配慮)に関する解釈宣言を付しているが、児童の権利に関する委員会はこれらの撤回を勧告している。この詳細は外部リンクの外務省の公式発表で見ることができる。

一部の自治体は条約を基にした「子どもの権利条例」を制定している。

また、条約44条の報告審査義務に従い、日本政府は外務省が中心となって作成した報告書を「児童の権利に関する委員会」に提出している。その際、同委員会は、審査の精度を増すために、国内NGO団体などにもカウンターレポートの提出を求めている。日本では、日本弁護士連合会、子どもの権利条約 市民・NGO報告書をつくる会、子どもの人権連、の3団体がカウンターレポートを提出している。  そして、1996年と2004年の2回にわたって「児童の権利に関する委員会」より、「日本はもっと子供の権利を尊重し、子供の思いやりや願いをきちんと聞きなさい」という厳しい内容の通達が、日本政府に勧告された[3][4]。

2008年4月22日、予定から約2年遅れで、外務省は第3回政府報告書を国連に提出。今後、再び国連「児童の権利に関する委員会」で検討がなされる予定。

日本では保守派の意見として、

「児童の権利ばかりが強調されると子供が権利ばかりを主張して親や教師などの大人の意見に従わなくなる」
「学校教育上、問題がある(過去にあった学生運動が大学のみならず高校、中学まで広がったことによる保守側の警戒感)」
「日本伝統の親子関係(子は親に必ず従う)を破壊する」
として反対する傾向がある。この一例として東京都日野市では「子どもの権利条例」を制定しようという動きがあったが、自民党所属市議会議員の反対を受け廃案となった。

児童の権利条約
1990年9月21日 署名
1994年3月29日 国会承認
1994年4月22日 批准書寄託
1994年5月16日 公布(条約第2号)
1994年5月22日 日本国内において効力発生
児童の権利に関する条約第43条2の改正
1995年12月12日 ニューヨークで作成
2002年11月18日 効力発生
2003年 5月14日 国会承認
2003年 6月12日 受諾書寄託 (受諾書の寄託について(外務省プレスリリース))
2003年 6月12日 日本について効力発生
2003年 6月12日 公布及び告示(条約第3号及び外務省告示第183号)

条文
日本語公定訳(外務省)
正文は、アラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語。

意見表明権
子どもの意見表明と、その正当な尊重を規定した条項。かつては条約第13条の「表現の自由」と同じように解釈されるか、裁判などにおける聴聞権として解釈されることが多かった。日本では近年、子どもの自己決定権として、あるいは自己決定する主体となるための権利として解釈する説が存在する(主な論者として、喜多明人・荒牧重人など)。それとは別に、子どもの成長発達に不可欠な欲求表明のための権利として解釈する説もある(主な論者として、福田雅章)。

条文
(英語)Article 12
1.States Parties shall assure to the child who is capable of forming his or her own views the right to express those views freely in all matters affecting the child, the views of the child being given due weight in accordance with the age and maturity of the child.
2.For this purpose, the child shall in particular be provided the opportunity to be heard in any judicial and administrative proceedings affecting the child, either directly, or through a representative or an appropriate body, in a manner consistent with the procedural rules of national law.

(日本語公定訳)第12条
1.締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
2.このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。

(ユニセフ抄訳)第12条(意見を表す権利)
子供は、自分に関係のあることについて自由に自分の意見を表す権利をもっています。その意見は、子供の発達に応じて、じゅうぶん考慮されなければなりません。

最善の利益
子供に関わることについて、それに関わる大人が関与する場合、現在や未来において子供によりよい結果をもたらすような関与の仕方をしなければならないとする考え方。

条文
(日本語公定訳)第3条
1 児童に関するすべての措置をとるに当たっては、公的若しくは私的な社会福祉施設、裁判所、行政当局又は立法機関のいずれによって行われるものであっても、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。

(ユニセフ抄訳)第18条(子どもにとってもっともよいことを)
1 子どもに関係のあることを行うときには、子どもにもっともよいことは何かを第一に考えなければなりません。

子どもの権利条例
児童の権利に関する条約の理念や原則の具現化を図ろうと、川崎市や岐阜県多治見市など、複数の自治体において「子どもの権利条例」が制定されている。

札幌市子ども未来局のホームページにおいて、条例施行自治体、条例策定中の自治体の一覧が紹介されている(札幌市は現在策定中)

2009年01月23日

日航ジャンボ機UFO遭遇事件

日航ジャンボ機UFO遭遇事件(にっこうじゃんぼきゆーふぉーそうぐうじけん)は、日本航空の貨物機がアメリカのアラスカ州上空で未確認飛行物体(UFO)に遭遇した事件。

1986年11月17日、パリ発アンカレジ経由東京行きJL1628便、日本航空のボーイング747-246F貨物機が、アメリカアラスカ州のフェアバンクス上空の高度約10,000メートルを飛行中に、両端にライトを点灯させた巨大な母船型UFOに遭遇した。

同機の機長によると、UFOは巨大な球形で、1時間弱の間、旋回して逃れようとした同機と併走するように移動し、機内の気象レーダーにもはっきりと写ったが、なぜか雲のような透明状のものとしてレーダー上では写っていたとのことである(金属製の物体なら赤く映るがUFOの像はグリーンであった)。

このUFOについては、近くを飛行中のユナイテッド航空機からは、「確認できない」旨の報告があった。また、地上のレーダーにも何も捉えられていないことがFAAにより確認されている。この地上レーダー管制との会話において、管制局から「レーダー上には何も見えない。調査のため空軍機の飛行を依頼するか」との提案があったが、T機長は当該提案を断った。この提案を断ったことについては、後にT機長自身による「非常に高度に発達した飛行機に対して、あるいは宇宙船に対して行動を取った場合に、彼らはものすごい技術を持っていますんでね。"なんか変なことでもされたんでは申し訳ない"という気持ちがありますもんで、即座に断りました」という発言があった。

なお、このUFO目撃事件については、「航空機の安全運航に影響がある」とされたことから、アンカレッジ着陸後、アメリカ連邦航空局(FAA)によってT機長の事情聴取が行われ、T機長については酩酊などの可能性がないことが報告されている。

報道
後に機長が事件の詳細を共同通信社に勤務する友人に話したことから、この事件を共同通信社が世界各国に向け配信、事件が公になり、当時日本をはじめとする各国のテレビニュースや全国紙、週刊誌などで大きく報道された。しかしながら、なぜかその直後に「UFOではなく惑星を見間違えたもの」とする解釈が報道がされた。

不可解な異動
この事件直後に、T機長は会社の指示で運航乗務員から地上職に異動になった。しかしこの様な不可解な会社の指示に敏感な同社の運航乗務員の労働組合は、なぜかこの指示に対する抗議行動を行っていない。なお、T機長はその後機長職に復帰し、定年退職している。

懐疑派の意見
懐疑派からは、機長が何らかの自然現象を誤認したのではないかと疑問がだされている。また副操縦士とフライトエンジニアは、何も怪しいものは見ておらず、機長が何を見て騒いでいるのか判らなかったと証言している。なお、現在ではUFO否定派・肯定派のいずれからも「惑星の誤認」という説は疑問視されている。更に、UFO否定派からは「アメリカ軍がこの時、高出力の電磁波を照射する実験を行っていた事と関係があるという」説も出されているが、これらのことを証明する物証は存在しない。

機長(きちょう)とは、航空機搭乗員のうちの最高責任者・管理者である。船舶と同じくキャプテンと呼ばれる。

一般的に機長というと、航空機の機長を指す。操縦および他の搭乗員に対して指示・命令を出し、指揮をとるのが役目である。 日本の場合、定期便の機長は定期運送用操縦士の資格を要し、操縦できる機種や路線など細かく資格が分かれている。

なお、チャーター便等、定期便でないフライトでは、事業用操縦士や自家用操縦士の資格のみでも機長業務を行うことができる。

他の輸送機関の長との違い
飛行機では、最高指揮者である機長が自ら操縦も行うのが普通であるが、航空機以外の輸送モードでは必ずしもそうではない。

船舶
小規模な船舶では船長が操縦者であることも多いが、大型船の場合、船長は他の乗組員に指示を行なう事を主に行い、操縦は操舵士や航海士などが行っている。
列車
通常、列車の長は車掌である。車掌はレチと呼称されるが、「レッシャチョウ」の略である。ただし、これは業務上の指示命令系統上の取扱いであって、職制上は運転士が上の場合もある。地上からの指示は車掌が受け、それを運転士に対して再度指示する形をとる。ワンマン運転の場合は運転士が長となる。
宇宙船
宇宙船の場合、船長と呼称する。
いしか ネーブル すたーふる リンホ オペミ 人気ツル タルク ガバナンス 二人のロ フォレ ギロチン トンコツ なか ダンス エベント タクティ タシケント バトンタ ポンプ グルーピー ツァイ ティッ フラット オーソ カルソ ラングド テニス ルチンスク プレーバコ とんだばや ピラカンサ パートタイ コネク ディア ミニチュア ラミア ルクソール ドアロック キンモ ビッグベン のあや フロイト リリー ビッグ ケワキ ハープ レンブ ビーエス ノッチ ロック

フェアバンクス(Fairbanks)は、アメリカ合衆国アラスカ州の中央部に位置する「フェアバンクス・ノース・スター自治町村(Fairbanks North Star Borough)」にある中心都市。 アラスカ州第2の都市(1番はアンカレッジ)で、アラスカ内陸部では最大の都市となる。

観光と空軍基地の町。日本人にとっては、冬季オーロラの最もよく見える町として知られている。

人口は約3万人(2004年)、周辺の町を含めた自治町村(borough)は、約8万5千人(2004年)となっている。

気候区分では冷帯湿潤気候(Df)に属し、年較差が大きい。アラスカ州内の内陸に位置するので、冬季は摂氏マイナス30?40度前後、真冬にはマイナス50度以下となることもある。夏は昼には25度を超えて、汗ばむ日もしばしばある。

歴史
1900年ごろ,アラスカ?カナダ国境近くのクロンダイクで金が発見されると、アラスカ全土がゴールドラッシュに見舞われた。 現在のフェアバンクス市近くのタナナ川の支流の渓谷で,イタリア人フェリックス・ベドロが金を発見したことにより、タナナ川とチェナ川の合流点に1902年E・T・バーネット(E. T. Barnette)の手により交易所が開かれた。 これにより町の体裁が整えられてゆき、1903年上院議員のチャールズ・フェアバンクス(Charles W. Fairbanks)の名前を取ってフェアバンクスの町の名前となった。

産業
主要な産業は夏季の観光である。 日本人とっては冬季にオーロラの最もよく見える町として知られているが、冬季にフェアバンクスを訪れる日本人は、夏季に訪れる観光客からすると僅かである。

また、フェアバンクス市の東側にあるアイルソン空軍基地は、極東にもっとも近いアメリカ合衆国本土の最大の空軍基地としても有名。

アラスカ州の北半分に位置する先住民の村を結ぶブッシュパイロット便の拠点ともなっている。

フェアバンクス市の南西5 kmにフェアバンクス国際空港がある。

2009年01月16日

義経の容貌に関して


ターラン ジープ 指相撲 ギスタン ピアサ ネンタケ リーズ ろくめい レヤイ モルタ つちいろ ダム最適 スモークン シンク ランス スキャッ テヘラ プロケド キックバ バングル シングル ジェルボア ロフト カッサバ ネーズ ロース あわゆ マイド スローキ くわがた ナノマ ミネラル イミテー 桃一郎 ノット マップマット すくね ロール ウォッチ オードュ イズム スタン トレー ドラッスト トラフ ハインド シナサ ジット 邪馬台国 エッフェル
義経の容貌に関して、同時代の人物が客観的に記した史料や、生前の義経自身を描いた確かな絵画は存在しない。義経肖像としてよく用いられる中尊寺所蔵の画像は弁慶と対になっており、『義経記』で藤原泰衡に襲撃される場面を描いたものであるが、これは戦国時代、もしくは江戸時代の作とされ、本人の実際の姿を描いたものではない。

身長に関しては義経が奉納したとされる大山祇神社の甲冑を元に推測すると150cm前後くらいではないかと言われている。しかし甲冑が義経奉納という根拠はなく、源平時代のものとするには特殊な部分が多く、確かな事は不明である[12]。

義経の死後まもない時代に成立したとされる『平家物語』では、平氏の武士・越中次郎兵衛盛嗣が「九郎は色白うせいちいさきが、むかばのことにさしいでてしるかんなるぞ」(九郎は色白で背の低い男だが、前歯がとくに差し出ていてはっきりわかるというぞ)と伝聞の形で述べている。これは「鶏合」の段で、壇ノ浦合戦を前に平氏の武士達が敵である源氏の武士を貶めて、戦意を鼓舞する場面に出てくるものである[13]。また「弓流」の段で、海に落とした自分の弓を拾った逸話の際に「弱い弓」と自ら述べるなど、肉体的には非力である描写がされている。

『義経記』では、楊貴妃や松浦佐用姫にたとえられ、女と見まごうような美貌と書かれている。その一方で平家物語をそのまま引用したと思われる矛盾した記述もある。『源平盛衰記』では「色白で背が低く、容貌優美で物腰も優雅である」という記述の後に、『平家物語』と同じく「木曾義仲より都なれしているが、平家の選び屑にも及ばない」と続く。『平治物語』の「牛若奥州下りの事」の章段では、義経と対面した藤原秀衡の台詞として「みめよき冠者どのなれば、姫を持っている者は婿にも取りましょう」と述べている。

江戸時代には猿楽(現能)や歌舞伎の題材として義経物語が「義経物」と呼ばれる分野にまで成長し、人々の人気を博したが、そこでの義経は容貌を美化され、美男子の御曹子義経の印象が定着していった。

斜体は物語のみに見られる人物。

源有綱…義経の娘婿。
一条能成…義経の異父弟。
武蔵坊弁慶…義経四天王の一人。
佐藤継信…『源平盛衰記』における義経四天王の一人。
佐藤忠信…『源平盛衰記』における義経四天王の一人。
伊勢義盛…義経四天王の一人。
堀景光…『平治物語』では金商人とされる。
深栖頼重…『平治物語』で鞍馬寺を出奔した義経を東国で匿う。
亀井重清…義経四天王の一人。
片岡経春…『義経記』における義経四天王の一人。
常陸坊海尊…義経四天王の一人。
鷲尾義久…『平家物語』の一ノ谷の戦いで現地採用される。
駿河次郎…『義経記』における義経四天王の一人。
鎌田正近…『義経記』で義経に出生の秘密を告げる。
鎌田盛政…『源平盛衰記』における義経四天王の一人。
鎌田光政…『源平盛衰記』における義経四天王の一人。
金売吉次…『平治物語』『源平盛衰記』『義経記』における奥州への案内人。堀景光と同一人物である説もある。
十郎権頭兼房…『義経記』における老臣で義経正室の守り役。